筆の話 2
胎毛筆
「胎毛筆」とは、巷間では「赤ちゃん筆」と言われているものです。赤ちゃんの髪の毛を切って筆にしてもらい、誕生記念にするのです。書道用品店や床屋さんが仲介してくれたり、直接筆屋さんにお願いして作ってもらいます。
 胎毛筆を作るのに大切なことは、一度も散髪をしていない頭髪でなければならない、ということです。散髪をしたものでも、筆の形にならないこともないのですが、今ひとつ出来がよくありません。ましてや、私のようにそれで作品を書こうなどと考える者にとっては、それは必須条件です。

 十数年前、大宮の氷川神社へ初詣に行ったとき、私の前を癖の無い長い髪の毛の女の子が歩いていて、思わずその子の髪の毛の先をじっと見詰めてしまったことがありました。「オー、いい筆が出来そうだ」と思い、隣のお母さんにお願いすればひょっとして… 、と考えたのですが、変なおじさんだと思われそうなので我慢しました。
 しかし、天は私を見捨てませんでした。当時、私は板橋の仲宿というところに住んでいたのですが、近所に「鳳竹堂」という、筆を制作販売しているお店があったのです。
 そのお店にあったのが下の写真の右2本の筆です。立派でしょ。因に、左は他店の標準的な「赤ちゃん筆」の大きさです。
 真ん中の筆の穂の長さは10センチもあります。こんな長いのはめったに出来るものではありません。私はすぐにその一番大きい真ん中の筆を買いたいと申し出ましたが、やっぱりダメでした。貴重品で、お店に置いておきたいということでした。しかし、そのすぐ後の個展のときには、それを貸してくださり、道場第1話「書の表情」に掲載した「拈華微笑」を書くことが出来ました。
 その後も私があまりにしつこいので、代わりにそれよりもちょっと短い右の筆を譲ってもらうことが出来ました。それでも、今まで私が見たことのない大きさです。作品(ギャラリー)5の淡い墨で縦書きにした「笑也」はその筆で書いたものです。

 店のご主人の話しによると、女の子はお母さんが切るのを嫌がるのだそうです。男の子だと、すっぱりと坊主頭にしてくれるので、よいものが出来るそうです。
 お店には、金髪のものもありました。そりゃそうですよね、お客さんの中には金髪の方もいらっしゃるでしょうから。でも、珍しい!

 ところで、買わせて貰えなかった立派な筆、実は、現在我が家にあるのです。昨年、久方ぶりに「鳳竹堂」に行ったら、ご主人は何処かのデパートでの筆作りの実演で留守でした。代わりに二代目が対応してくださり、私は数本の臨書向けの筆を購入しました。
 帰り際、ふと、商品展示ケースを見ると、無造作にあの筆が置いてあるではありませんか。私は「この筆も売り物なの?」と訊くと「はい、売りますよ」と言うので、「じゃ買う」と即答しました。価格はご主人に訊かないと分からないというので、「では、メールでも何でもいいので、後で価格を知らせてください」と言って持ち帰ったのです。ちょっとばかし後ろめたい気もしないではありませんでしたが…。因みにその連絡は未だ来ていません。
 近々「鳳竹堂」のご主人に会いに行かなきゃなぁ〜。

「花」は、真ん中の一番長いので書きました。ちょっと艶かしい線の表情が面白いでしょ!